大阪地方裁判所 平成10年(ワ)13934号 判決
原告
高見秀一
同
岡本栄市
原告ら訴訟代理人弁護士
浦功
外二八二名
被告
国
右代表者法務大臣
臼井日出男
右指定代理人
田邊哲夫
外一一名
主文
一 被告は、原告ら各自に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一一年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
1 被告は、原告ら各自に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第二 事案の概要
本件は、弁護士である原告らが、大阪拘置所において、同拘置所に勾留されていた被疑者・被告人とその弁護人であった原告らとの間の信書が開披され、又は未封緘のままで、その内容が確認されてその要旨が記録化された上、検察官からの照会に対して右信書の発受状況(信書の内容の要旨を含む。)が回答されたこと、並びに、検察官が右回答書を裁判所に対する接見禁止の申立ての資料及び検面調書の特信性を立証するための資料として使用したことが、いずれも、憲法、いわゆる国際人権自由権規約、刑訴法等に違反するとともに原告らとの関係においても国家賠償法上違法であると主張し、これにより被った精神的損害について、国に対して国家賠償を求めた事件である。
一 争いのない事実並びに証拠(甲A一ないし五、一九ないし二一、二三ないし二六、乙一ないし一九、証人A、同丁山由一、同Bの各証言、原告高見秀一、同岡本栄一の各供述)及び弁論の全趣旨により認定できる事実関係
1 原告らは、大阪弁護士会所属の弁護士である。
原告高見は、平成九年八月一九日、甲野太郎(以下「甲野被告人」という。)から、後記の本件刑事事件に関して、財団法人法律扶助協会大阪支部の被疑者弁護援助制度を利用した私選弁護人に選任された。同原告は、その後同年九月一七日、右の私選弁護人を辞任し、大阪地方裁判所から甲野被告人の国選弁護人に選任された。
原告岡本は、同年八月一一日、乙川こと乙山二郎(以下「乙山被告人」といい、甲野被告人と併せて「被告人両名」という。)から、後記の本件刑事事件に関して、私選弁護人に選任された。
2 被告人両名は、左記の事実及び他の事実により、甲野被告人については平成九年九月三日から、乙山被告人については同月八日から、それぞれ大阪拘置所に勾留され、同月一二日、大阪地方裁判所に公訴提起された(大阪地方裁判所平成九年(わ)第三七五三号 強盗致傷・窃盗被告事件。以下、右事件を「本件刑事事件」という。)。
記
被告人両名は、共謀の上、平成九年三月二四日午後一〇時ころ、駐車中の普通乗用自動車一台を窃取し、同月二五日午前一時ころ、被害者である通行中の女性が右肩に掛けていたショルダーバッグを強取しようと企て、乙山被告人の運転する右自動車で被害者に背後から近づき、助手席にいた甲野被告人において、追い越しざまに右ショルダーバッグを両手で掴んで強く引っ張るとともに、乙山被告人において、右自動車を急加速させて、被害者を引きずり、転倒させて、右ショルダーバッグを強取し、その際、被害者に入院加療約三か月を要する傷害を負わせた。
3 原告高見は甲野被告人の弁護人として、原告岡本は乙山被告人の弁護人として、平成九年九月九日から平成一〇年一月五日までの間、それぞれ、大阪拘置所に在監中であった被告両名それぞれとの間で、別表1、2のとおり、同表の「年月日」欄の日に、概ね「書信表」欄記載のとおりの内容の各信書(以下「本件信書」という。)を発し、あるいはこれを受領した。
4 拘置所内の被収容者の信書については、監獄法施行規則一三〇条、一三七条、一三九条、更には、「被収容者身分帳簿及び名籍事務関係各帳簿様式」(平六・三・二四矯保訓七五一法務大臣訓令)、「被収容者身分帳簿及び名籍事務関係各帳簿の取扱いについて」(平六・三・二四矯保七五二法務省矯正局長通達)により、被収容者が発する信書は封緘をしないまま所長に差し出し、被収容者宛の信書は、所長がこれを開披し、いずれもその内容を閲読した上、検印を押捺し、更に、その内容の要旨を各被収容者の身分帳簿の中の書信表に簡潔に記載するものとされていた。右の扱いには、被収容者である被疑者・被告人とその弁護人との間の信書についても、特に明確な区別は設けられていなかった。
平成九年九月から平成一〇年一月当時、大阪拘置所においては、所長であった丙山三郎の下で、前記の期間中を含め、弁護人との間の信書を含めて同拘置所に勾留されていた被疑者・被告人が発受するすべての信書について、監獄法四六条一項、五〇条、監獄法施行規則一三〇条一項に基づき、同拘置所処遇部処遇部門の書信担当の職員が、これを開披して、又は開披された状態のまま内容を確認し、同規則一三七条、一三九条に基づき、同条にいう身分帳簿の一部である書信表に、発受信の年月日、発受信番号、信書の種別、相手方の住所氏名とともに、その要旨を記録する扱いであり、更に、信書の内容から被収容者の心情に大きな変化が認められたときは、統括矯正処遇官の判断により書信表とは別に視察表に記載し、書信表には視察表に記載した旨を朱書きすることとされていた。
本件信書についても、書信係職員が、被告人両名が発受する他の信書とともに、いずれもこれを開披し、又は未封緘のままこれを受領し、その内容を閲読した上で、別表1、2の各「書信表」欄のとおり、その要旨を被告人両名の身分帳簿の中の書信表に記録化した。なお、被告人両名の書信表には、視察表に記載した旨の朱書きはなく、被告人両名が発受したすべての信書について、視察表に記載されたものはなかった。
5 甲野被告人は、平成九年一〇月二七日の本件刑事事件の第一回公判期日において、右2の公訴事実のうち、強取することを企てた事実及びショルダーバッグを強く引っ張った事実を否認する旨の意見陳述をした。乙山被告人は、証拠書類が膨大で更に検討する必要があったことから、十分検討ができていないとして、同期日での右公訴事実についての意見陳述を留保した。
そして、乙山被告人は、同年一二月一八日の第二回公判期日において、右公訴事実のうち、強取することを企てた事実及び車を急加速させた事実を否認するとともに、甲野被告人がショルダーバッグを引っ張ったところ及び被害者を引きずって転倒させたところは見ていない旨の意見陳述をした。
公判立会検察官であったA検察官(以下「A検察官」という。)は、被告人両名が、捜査段階での供述調書においては強盗の共謀及び強取の実行行為を認めていたのに公判期日において右のような態度をとった理由について、被告人両名が直接に又は家族、友人等を介して間接に、信書を発受するなどして共謀し、罪証隠滅工作を行っているためである可能性があると考えた。
そこで、A検察官は、平成九年一二月二四日、刑訴法一九七条二項に基づき、大阪拘置所長に対し、「右両名は貴所に勾留中の者ですが、現在に至るまでの間、右両名の間及びその他の者との通信状況について書信票(ママ)を精査の上、その日時、信書等の種類、信書の内容について至急回答願います。」と記載した捜査関係事項照会書を送付し、被告人両名が発受した信書について、日時、種類、その内容をそれぞれの書信表に基づいて報告するよう求める旨の照会(以下「本件照会」という。)を行った。A検察官は、大阪拘置所においては、弁護人との間の信書も他の信書と区別されずにその要旨が書信表に記載される扱いであることを知っていたが、本件照会においては、被告人両名とそれぞれの弁護人である原告らとの間の本件信書を除外する扱いはしなかった。もっとも、A検察官は、弁護人である原告らを通じた罪証隠滅の可能性があるとは考えていなかった。
6 大阪拘置所処遇部処遇部門主任矯正処遇官(処遇担当)であったBは、本件照会に対し、被告人両名の身分帳簿、特にその中の書信表を調査し、その記載に基づいて、「捜査関係事項の照会について(回答)」と題する文書(以下「本件回答書」という。)を起案し、同拘置所処遇部長Cが丙山拘置所長の決裁を代決し、これによって、平成一〇年一月九日付けの本件回答書により、本件照会に対する回答(以下「本件回答」という。)がされた。Bは、本件回答書の起案に当たり、本件照会の範囲が、被告人両名と各弁護人との間で発受した信書を除外していなかったので、これを含めて回答することとし、本件信書を含めて本件回答書を起案した。
本件回答書には、被告人両名が大阪拘置所に勾留された時から平成一〇年一月七日までの間に同被告人らが発受した信書について、その年月日、発受の別、信書の相手の氏名及び住所、信書の内容の要旨が一覧表にして記載されており、原告高見と甲野被告人及び原告岡本と乙山被告人との間の本件信書についても、別表1、2の「本件回答書」欄のとおり、その信書の要旨が記載されていた。
7 A検察官は、本件回答書を検討したところ、第二回公判期日の二日前である平成九年一二月一六日に乙山被告人が甲野被告人から受領した信書の記載内容として「一緒に罪名変えへんか。俺はそれだけを思っている。」とあるのを発見し、この信書が、乙山被告人が第二回公判期日で供述を覆す契機となったものであると考えた。また、A検察官は、被告人両名が丁谷花子との間でも複数回にわたり信書の発受を行っていたことを発見した。
丁谷花子については、被害者を引きずってしまったなどと乙山被告人から事件直後に打ち明けられたこと等を内容とする検面調書が作成されていた。また、丁山四郎についても、犯行に使用した車両を被告人両名が捨てに行くのに同行したこと、その際、右車両を使用して被害者の所持品をひったくった際に被害者を引きずり、重体にしてしまった旨を被告人両名から打ち明けられたこと等を内容とする検面調書が作成されていた。右各検面調書については、第二回公判期日において、弁護人である原告らが一部不同意の意見を述べたことから、平成一〇年一月一二日の第三回公判期日において、A検察官の申請に基づき、丁谷及び丁山の証人尋問が採用され、後日行われることとされていた。
8 A検察官は、被告人両名が通謀して罪証隠滅を行おうとしており、これを防止するためには、被告人両名相互間及び被告人両名と丁谷や丁山等の関係者との間で接見及び書類その他の物の授受を禁止する必要があると判断した。
A検察官は、平成一〇年二月六日、裁判所に対し、被告人両名について、甲野被告人が乙山被告人に対して宛てた前記の内容の信書(「一緒に罪名を変えへんか。俺はそれだけを思っている。」)をはじめとして相互に信書を発受していることや、証人予定者である丁谷との間でも信書を発受していることを指摘し、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとして、刑訴法八一条に基づき、被告人と同法三九条一項に規定する者以外の者との間において、接見及び書類又は物、(糧食、寝具及び衣類を除く。)の授受を禁止する決定を求める申立てを行い、その疎明資料として、弁護人である原告らとの間の本件信書の要旨が別紙1、2の「本件回答書」欄のとおり記載されている部分も含めて、本件回答書全部の写しを提出した。
9 丁谷は、平成一〇年二月九日の第四回公判期日において、証人として尋問された。しかし、同人は、乙山被告人から事件の概要について打ち明けられた状況について、大半の質問に対し、「覚えていない」「忘れた」などと供述するだけで、前記の検面調書の記載と実質的に相反するあいまいな証言に終始した。
そこで、A検察官は、平成一〇年二月二七日、期日外で、同人の検面調書の不同意部分を刑訴法三二一条一項二号後段に基づいて取調請求した。A検察官は、右証拠調請求書に、右検面調書に特信性が認められる理由として、丁谷が被告人両名と親しく交遊していた友人で、被告人両名との間で信書を発受しており、その中で、丁谷が乙山被告人に対して「一日でも早く帰ってきて欲しい」などと記載した手紙を送るなどしており、被告人両名をかばおうとしていることが明白である旨の意見を記載した。
10 A検察官は、同年三月二日の本件刑事事件の第五回公判期日において、丁谷花子の右調書の特信性を立証するため、立証趣旨を「両被告人の大阪拘置所での信書状況について(丁谷花子の検察官調書の特信性に関して)」として、前記のとおりの本件信書の要旨の記載も含む本件回答書全部の取調べを請求した(以下、A検察官が接見等の禁止の申立て及び検面調書の取調請求の資料として本件信書を利用したことを「本件利用」という。)。
右請求に対して裁判所から意見を求められた原告高見は、「本件回答書には、弁護人と被告人との間で授受した信書についてまで記載されているところ、このようなものを取調請求されたことに対してショックであり、よう意見を言えないので、次回まで意見を留保する」旨を回答し、原告岡本も、同様の理由により意見を留保した。これに対して、A検察官は、「証拠能力に関する事実の証明は、自由な証明で足りるから、弁護人の同意がなくても、是非とも採用されたい」旨を述べた。
11 原告らは、同年三月二三日の本件刑事事件の第六回公判期日において、本件回答書の右取調請求に対して異議がある旨の意見を述べたところ、裁判所は、本件回答書のうち被告人両名と原告らとの間で発受された本件信書に関する部分については却下し、その余の部分については採用するとの決定をした。原告らは、右決定に対して、憲法二一条二項、三一条、三四条、刑訴法三九条一項及び二項に違反するとして異議を申し立てたが、裁判所は、右異議申立てを棄却し、A検察官は、その後、本件回答書のうち却下された部分を除いた抄本を裁判所に提出した。
12 大阪地方裁判所は、平成一一年一一月八日、本件刑事事件について、右2のとおりの事実を認定した上、他の公訴事実とも合わせて、甲野被告人を懲役五年に、乙山被告人を懲役八年にそれぞれ処する旨の判決を宣告した。
二 後記の争点に関する法令等の定め
1 憲法
三四条 何入も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。
三七条一項 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
二項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
三項 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。
二一条二項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
一三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
三一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
三八条一項 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 昭和四一年第二一回国連総会で採択された「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(我が国は昭和五四年六月二一日批准書を寄託し、同年九月二一日発効、以下「B規約」という。)
一四条① すべての者は、裁判所の前に平等とする。すべての者は、その刑事上の罪の決定又は民事上の権利及び義務の争いについての決定のため、法律で設置された、権限のある、独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する。報道機関及び公衆に対しては、民主的社会における道徳、公の秩序若しくは国の安全を理由として、当事者の私生活の利益のため必要な場合において又はその公開が司法の利益を害することとなる特別な状況において裁判所が真に必要があると認める限度で、裁判の全部又は一部を公開しないことができる。もっとも、刑事訴訟又は他の訴訟において言い渡される判決は、少年の利益のために必要がある場合又は当該手続が夫婦間の争い若しくは児童の後見に関するものである場合を除くほか、公開する。
② 刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。
③ すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する。
b 防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること。
一七条① 何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。
② すべての者は、①の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。
3 刑訴法
三九条一項 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。
二項 前項の接見又は授受については、法令(裁判所の規則を含む。以下同じ。)で、被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができる。
三項 検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。
八〇条 勾留されている被告人は、第三十九条第一項に規定する者以外の者と、法令の範囲内で、接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。勾引状により監獄に留置されている被告人も、同様である。
八一条 裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第三十九条第一項に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない。
4 監獄法
四六条一項 在監者ニハ信書ヲ発シ又ハ之ヲ受クルコトヲ許ス
四九条 在監者ニ交付シタル信書及ヒ前条ノ文書ハ本人閲読ノ後之ヲ領置ス
五〇条 接見ノ立会、信書ノ検閲其他接見及ヒ信書ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム
5 監獄法施行規則
一三〇条一項 在監者ノ発受スル信書ハ所長之ヲ検閲ス可シ
二項 発信ハ封織ヲ為サスシテ之ヲ所長ニ差出サシメ受信ハ所長之ヲ開披シ検印ヲ押捺ス可シ
一三七条 信書ノ発送、交付及ヒ廃棄ノ年月日ハ之ヲ本人ノ身分帳簿ニ記載ス可シ
一三九条 接見ノ立会及ヒ信書ノ検閲ノ際処遇上其他参考ト為ル可キ事項ヲ発見シタルトキハ其要旨ヲ本人ノ身分帳簿ニ記載ス可シ
三 争点及び当事者の主張
1 大阪拘置所において本件信書を開披し、又は開披された状態のまま受領し、それらを閲読して内容を確認し、その要旨を書信表に記録したことが、違憲又は少なくとも国家賠償法上違法であるか。
(一) 原告らの主張
(1) 右のとおりの本件信書の開披等による内容確認及び記録化は、監獄法四六条一項、五〇条、監獄法施行規則一三〇条、一三九条の各規定(以下「本件各法令」という。)に基づくものとされるが、未決勾留により拘禁されている被疑者又は被告人(以下「被拘禁者」ともいう。)と弁護人との間の信書による秘密交通権を侵害することは明らかである。したがって、次のとおり、本件各法令自体がB規約、特にその一四条③項bに違反し、また、憲法三四条、三七条、二一条、一三条、三一条、三八条にも違反し、無効である。
① 憲法三四条及び三七条三項の保障する弁護人依頼権は、実質的で効果的な弁護を受けられる権利を意味するから、右各条項により、弁護人依頼権の当然の内容として、被拘禁者とその弁護人との信書による交通の秘密性が保障されなければならない。そして、憲法上、この秘密交通権を制約する法理は存しない。
② 右の秘密交通権は、防御権を全うするために刑事司法上必要不可欠なものとして組み込まれているもので、身体拘束の代償として特に憲法上保障されたものである。一般的にも、被拘禁者と弁護人との間の信書の秘密について、これを制限しなければならない真の必要性は存在しない。
③ 憲法二一条二項後段の保障する通信の秘密の保障の主たる内容は、公権力によって封書を開披されたり、通信の内容及び通信の存在自体に関する事柄(差出人・受取人、信書の通数、発受の年月日等)について調査の対象とされないこと(公権力による積極的な覚知行為の禁止)である。弁護人の弁護権の存在意義に照らすと、このような通信の秘密の保障は、被拘禁者と弁護人の間の通信には特に強く要請される。
④ 拘置所長が被拘禁者と弁護人との間で授受される信書の内容について、その内容を不適当と認める場合に一部を墨塗りするなどの方法で表現行為(の伝達)を禁止することまで想定し、これを被告人ないし弁護人が受領する前に審査することは、憲法二一条二項前段の検閲に該当する。
⑤ 憲法一三条によって保護されているプライバシーの権利は、自ら善であると判断する目的を追求して、他者とコミュニケートし、自己の存在にかかわる情報を開示する範囲を選択できる権利を包含している。被拘禁者が刑事裁判における自己の防御権を適切かつ効果的に行使するために弁護人と信書によりコミュニケーションを取り、必要な情報を提供し、又は弁護人から提供を受ける場面においては、被拘禁者のプライバシーの権利、弁護人の弁護権の観点からも、憲法一三条により、その秘密性が保障される。
⑥ 憲法一三条は、刑事司法に適正手続を要請しているところ、国家の側が弁護人と被拘禁者の秘密交通権に立ち入るところに適正な手続など存在し得ない。
⑦ 憲法三七条一項は、対立当事者間の武器対等の原則に基づくフェアトライアルの理念から、未決勾留中の被疑者又は被告人と弁護人との間の秘密交通権を憲法上保障するもので、本件各法令はこの権利を侵害する。
⑧ 憲法三八条一項は、対立当事者である国家、捜査・訴追機関に対し、被疑者、被告人は、その供述を提供する義務のないことを意味し、更に、その反面として、被疑者、被告人が自らの援助者たる弁護人に任意に与える情報は、検察官に対しては秘匿されることを保障することをも意味する。
⑨ B規約一四条③項、一七条が弁護人と身体拘束された被告人との間の秘密交通権を保障していることは明らかである。また、一四条①項の規定とともに、裁判における当事者対等の原則・武器対等の原則を保障しており、対立当事者である検察官が弁護人と身体を拘束された被告人間との信書の内容を覚知するような事態をおよそ認めてはいない。
(2) 右のとおりの本件信書の開披等による内容確認及び記録化は、弁護人である原告らの権利を侵害するもので、違憲・違法である。
① 刑訴法三九条一項は、「立会人なくして」書類若しくは物の授受をすることをも保障するもので、被拘禁者と弁護人との間の信書の授受も、秘密交通権の内容として保障していることは、明らかである。これは、同項の文言上も、同法が八〇条とは別に三九条一項で特に弁護人との間の書類の授受を保障していることからも裏付けられ、更には、右(1)のとおりの憲法の各規定の趣旨からも疑いを差し挟む余地がない。
② 本件各法令は、信書の発受を許可制とするもので、弁護人との信書の発受を権利として構成している刑訴法三九条一項とは真っ向から対立する規定であり、同法八〇条にいう法令ではあっても、同法三九条二項にいう法令には当たらない。また、同項は物の授受についてのみ規定したもので、書類については規定していないと解すべきである。いずれにしても、封書を開披し、信書の内容の確認をするのは、同法三九条二項にいう「必要な措置」の範囲を超える。
③ 刑訴法は、右(1)のとおりの憲法の各規定の趣旨を受けて、三九条三項、三一二条四項、二五六条四項ただし書、二九五条、三一三条二項、三九〇条等の規定により、被告人の包括的防御権を保障していると解すべきである。秘密交通権は、被告人の包括的防御権を支える弁護権の一環として存在していることは明らかであり、弁護人と被告人との信書の秘密を侵害することなどがおよそ許されないことは、これらの刑訴法の各規定からも自明のことである。
(二) 被告の主張
(1) 本件各法令は、憲法及びB規約のどの条文にも違反しない。
① 身体の拘束を受けている被拘禁者と弁護人との間の信書の授受が、接見交通権の一内容として、憲法三四条、三七条三項の保障に由来するものであるとしても、弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて、法律及びその委任を受けた命令により、憲法三四条の予定する未決勾留の目的のために必要かつ合理的な範囲で、右信書の発受について制限を加えることが許される(最大判昭和五八年六月二二日・民集三七巻五号七九三頁、最大判平成一一年三月二四日・民集五三巻三号五一四頁参照)。
被拘禁者は、信書を利用して、第三者と逃亡、罪証隠滅、施設内の規律や秩序を乱す行為を行うことを通謀したり、あるいは、第三者に対して自殺を示唆する心情等を吐露する可能性がある。この可能性は、弁護人との間で発受される信書においても否定できない。また、外形上は弁護人が被拘禁者に宛てた信書の体裁を有するものであっても、実際には弁護人以外の者が発した信書である場合も考えられる上、第三者が作成した信書等が弁護人の信書に同封される可能性もある。
そのため、拘置所長は、逃亡又は罪証隠滅の防止並びに施設内における規律及び秩序を維持する目的のために、信書の内容を確認し、やむを得ず、信書の発受を禁止したり、その一部を抹消するなどの措置を講ずることが必要となる場合もある。また、信書に、被拘禁者が逃亡、罪証隠滅又は施設内の規律や秩序の維持を乱す行動をとろうとしていることがうかがわれる内容が記載されているときや、その者の心情を把握できる事情が記載されているときなどのように、処遇上その他参考となるべき事項が記載されていることを発見した場合には、その要旨を記録して、処遇や施設内の規律や秩序の維持に役立てることも必要である。
被拘禁者の権利に対するこのような制限は、未決勾留の目的を達する上で必要かつ合理的な範囲内の制限である。
② 監獄の長が職務上知ることのできた信書の内容は、国家公務員法一〇〇条所定の守秘義務によって守られているから、本件各法令は、弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨を実質的に損なうものではない。
③ 通信の秘密の保障は、検閲の禁止とは異なり、絶対無制約なものではなく、一定の制限に服するものであるところ、弁護人と被拘禁者との間で発受される信書の内容を確認し、それを記録化することは、未決勾留の目的を達する上で合理的かつ必要やむを得ない制限である。
④ 憲法二一条二項前段にいう検閲とは、「行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるもの」を指す(最大判昭和五九年一二月一二日・民集三八巻一二号一三〇八頁参照)。
監獄法五〇条、監獄法施行規則一三〇条に基づいて在監者の発受する信書の内容を確認することは、その条文上は検閲と表現されているが、「思想内容等の表現物」を対象としたその「発表の禁止」を目的とするものではなく、「網羅的一般的に」審査するものともいえないから、憲法二一条二項前段にいう「検閲」には当たらない(最一小判平成六年一〇月二七日・判例時報一五一三号九一頁、最大判昭和四五年九月一六日・民集二四巻一〇号一四一〇頁参照)。
⑤ 本件各法令は、捜査機関が被拘禁者と弁護人との間の信書の内容を確認することを許容した規定ではない。また、憲法三八条一項の不利益供述の強要の禁止を実効的に保障するためどのような措置が採られるべきかは、基本的には捜査の実状等を踏まえた上での立法政策の問題に帰するものというべきであり、不利益供述の強要の禁止の定めから被告人と弁護人との接見交通権の保障が当然に導き出されるものともいえない(前掲最大判平成一一年三月二四日参照)。
⑥ B規約一四条③項bの文理上は必ずしも接見交通権の秘密性まで保障するものであるか否かは明確でない。仮に、これを保障する趣旨であるとしても、その文言からすれば、これが絶対無制約な秘密交通権を保障したものとまでは到底解釈できない。また、B規約には国内法としての直接的効力はなく、法律に優位する効力も有しない。
(2) 大阪拘置所内で本件信書を開披し、又は開披された状態のまま受領し、それらを閲読して内容を確認し、その要旨を書信表に記録したことは、本件各法令に基づくもので(右の要旨の記載も監獄法施行規則一三九条に基づいて処遇上その他参考となるべき事項の記載である。)、B規約、憲法、刑訴法、監獄法のいずれにおいても適法であり、国家賠償法上も違法ではない。
① 刑訴法三九条一項は、「立会人なくして書類若しくは物の授受」をすることができるとは規定していないから、信書の授受については秘密交通権を保障するものではない。
現実の書信業務においては、弁護人の発した信書の中に第三者が作成した信書が同封されていたり、被拘禁者の発する弁護人宛の信書の中に第三者宛の信書が同封されていたりする例がある上、そもそも真に弁護人宛の信書であるか、あるいは真に弁護人からの信書であるかを信書の外形のみから判断することは困難で、その判断のためにも信書の内容を確認する必要があるから、内容の確認は刑訴法三九条一項に違反しない。
② 監獄法五〇条、監獄法施行規則一三〇条は、刑訴法三九条二項が許容する同条一項の接見交通権に対する法令による制限として、合理的である。
2 A検察官が本件照会をし、本件利用をしたことが違憲・違法であるか。
(一) 原告らの主張
(1) 被告人と対立する当事者である検察官が、被告人とその唯一の援助者である弁護人との打合せの内容を知ることができるというのは、一方当事者である検察官が事前に被告人の攻撃防御方法及び証拠等を知り、これに即応でき、被告人の応訴を実質的に制限できることを意味するから、憲法上予定された当事者対等の原則を破壊する。ただでさえ、検察官は強制力を行使して証拠を収集することができ、その取得した証拠は、証拠法上、被告人側の証拠より有利に取り扱われる面もあって、被告人よりも圧倒的に優位な立場に立っている。検察官が、その上に、弁護人と被告人との間の信書の内容をそのまま知ることができるというのであれば、当事者対等の原則などまさに画餅に帰する。
また、本件照会は、B規約一四条①項にも違反する。規約人権委員会の一般的意見によると、一四条①項の「公平な審理」とは、武器の平等、当事者の平等を含む。当事者たる被拘禁者と弁護人との十分な打ち合わせが妨げられれば、それは武器の平等原則に反し「公平」とはいえないし、打ち合わせ内容が国家機関の側に察知されるようなことがあれば、これもまた武器の平等に反する。
刑訴法一〇〇条が郵便物の押収について令状主義をとっていることに照らしても、漫然と郵便による通信の内容を照会すべきでないことは明らかである。
A検察官は、被告人両名が通謀を行っている可能性があるという極めて漠然とした捜査の見込みのみに基づいて、一般的包括的に被告人両名の信書の内容の照会を行ったのであるから、本件照会は明らかに違憲、違法である。
(2) 本件利用は、弁護人と被拘禁者との接見内容を被拘禁者に不利な証拠として刑事手続上裁判において使用したものであり、憲法、B規約、刑訴法に反する重大な違法行為である。
(二) 被告の主張
(1) B規約一四条は、すべての者に対して裁判の拒絶の禁止を保障するものであり、それ以上に、対立当事者である検察官が弁護人と身体を拘束された被告人との間で発受された信書の内容を覚知するような事態をおよそ認めないという趣旨まで含むものではない。
(2) A検察官は、被告人両名が直接にあるいは家族、友人等を介して間接に、信書を発受信するなどして通謀し、罪証隠滅工作を行っている可能性があると考え、その真相を解明する捜査の必要性があると判断した。この判断は合理的である。
もっとも、A検察官は、被告人両名がその弁護人である原告らを介して通謀を行っている可能性があるとは考えていなかったにもかかわらず、本件信書を除外せずに本件照会を行い、それにより、拘置所長をして、本件回答書に被告人両名と原告らとの間で発受された本件信書の内容についても記載させた。本件照会は、この点において適切さを欠いたものであることは否定できず、国家賠償法上違法と評価されてもやむを得ないが、その程度は極めて軽微である。
(3) A検察官は、被告人両名とその、弁護人である原告らとの間の信書の発受状況等の記載部分を証拠資料として利用する意図を全く有していなかったもので、接見禁止等請求書及び証拠調べ請求書にも、本件信書について、何ら言及していない。また、本件回答書には、本件信書の具体的内容は記載されていないから、これが証拠として裁判所に提出されたからといって、原告らの弁護権の行使等に不当な影響を及ぼすものとも到底認められない。
もっとも、A検察官は、本件回答書のうち、本件信書の発受状況を記載した部分を証拠として利用するつもりがなく、かつ、右部分を証拠として利用する必要性もなかったのであるから、本件回答書の右部分を抹消するなどした上で利用すべきであったともいえる。したがって、A検察官の本件利用は、この点において適切さを欠いたものであったことは否定できず、国家賠償法上違法と評価されてもやむを得ないが、その程度は極めて軽微である。
3 大阪拘置所長が本件回答をしたことが違憲・違法であるか。
(一) 原告らの主張
本件回答は、内容確認と記録化によって入手した情報を拘置所の拘禁目的以外に使用した(目的外使用)という意味において、重大な違法行為であり、憲法、B規約、刑訴法が保障する秘密交通権の根幹を侵害、破壊するものである。また、国家公務員法一〇〇条の守秘義務に違反するという点においても違法である。
(二) 被告の主張
原告らの主張は争う。監獄の長は、国家公務員法一〇〇条により、記録化した信書の内容について守秘義務を負っているところ、検察官から、刑事訴訟法一九七条二項に基づいて報告を求められた場合、それに応じるか否かを決定するに当たっては、その捜査上の必要性と守秘義務によって保護されるべき権利・利益の重要性とを比較衡量することが必要である。しかし、監獄の長は、一般的に、捜査の必要性について判断できる立場にはなく、また、捜査の密行性の観点から、監獄の長が捜査の必要性について検察官に説明を求めることも適当でないことから、結局、監獄の長は、通常の業務の過程で知り得た特段の事情に基づき、捜査の必要性がないことが明らかに認められるような場合を除いては、検察官の判断を信頼して捜査の必要性があると判断せざるを得ない。矯正局長通達は、刑訴法一九七条二項の規定に基づく照会に対し、一般的に回答する義務があるとした上、照会事項について回答することが、施設の管理運営に著しい支障を生じ、又は不当に関係人の人権若しくは名誉を害するおそれがある等の理由により、相当でないと認められるときは回答すべきではないとしている。
本件回答書を起案したBは、右通達に則り、捜査の必要性があるという検察官の判断を尊重して回答することとし、回答に当たっては、書信表のみを資料としたが、それには刑事事件に関する具体的な打合せの内容が記載されていなかったことから、被告人の防御権等を侵害することはないものと判断して、書信表の内容をほぼそのまま本件回答書に記載した。
4 損害
(一) 原告らの主張
被拘禁者と弁護人間の信書による事実関係の調査、把握は、被拘禁者との接見に匹敵する重要な刑事弁護活動である。原告らは、いずれも大阪弁護士会刑事弁護委員会の委員であり、司法修習生や後進の弁護士に対してもその旨指導してきた。特に、本件においては、捜査段階では、いわゆる接見指定のある通知事件であったため、接見によっては十分な事実関係の調査、把握ができず、刑事弁護人にとっては、信書によって事実関係を把握する必要が大きかった。また、本件のように共犯関係にある場合、共犯者の弁護方針を踏まえた当該被告人との十分な打ち合わせが要求され、信書を利用した打ち合わせが必要である。
ところが、被拘禁者と弁護人間の信書が拘置所によって検閲、記録化され、検察官からの照会があれば回答されることが明らかになった。これは、原告らの刑事弁護活動、後進の指導の前提を根底から覆すものであり、この衝撃の大きさを直接表現できる言葉はない。
また、本件以外にも同様の行為が行われていたことが明らかになったが、原告らは、本件が氷山の一角にすぎないことによる衝撃を受けたのであり、本件以外にも同様の行為が行われていることをも慰謝料算定に当たって考慮すべきである。
なお、被告は、原告高見が平成九年一二月二二日付け保釈請求書に本件信書の一部を添付していたから、その秘密性を放棄していた旨主張するが、右信書は、全体の信書の中の一部にすぎず、これを示してよいとの弁護方針に従った開示である。示さない内部的な「弁護方針」を覗き見られることとは全く別の話であり、慰謝料を減額する理由にはならない。
原告らが前記の拘置所長及びA検察官の各行為(以下「本件各行為」という。)により被った損害としては、原告ら各自について一〇〇〇万円が相当である。
(二) 被告の主張
本件回答書には、本件信書の発受年月日、用件等が簡潔に記載されているだけであり、本件信書の具体的内容にわたるものではなかった。そのため、本件各行為によって、原告らの弁護権の行使等に不当な影響は何ら生じておらず、原告らには何らの損害も生じていない。
原告高見は、平成九年一二月二二日付け保釈請求書で甲野被告人が原告高見宛に送った信書六通及び同被告人が原告高見宛の信書に同封した被害者宛の謝罪文四通の写しを添付していたから、その秘密性を放棄していた。
原告らの主張する精神的損害の主たる原因は、そもそも拘置所が被告人両名とその弁護人である原告らとの間で発受された信書の内容を確認し、その要旨を記録化していることを知らなかったということにあり、本件照会及び本件利用に基づくものではない。しかも、内容確認及び記録化は適法であるから、原告らが右適法行為を知ったことによる精神的損害は何ら慰謝すべきものではない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(一)(1)の原告らの主張について
1 原告らが主張すべき国家賠償請求権の請求原因のうち、信書の開披、その内容の確認及びその要旨の記録化に関する違法性の有無を判断するための主張としては、争点1(一)(2)の原告らの主張で必要かつ十分と考えられるが、争点1(一)(1)の主張は、原告らが国家賠償法上の違法性を基礎づける重要な事情として主張しているものと解されるので、以下のとおり判断する。
2 憲法三四条前段は、抑留又は拘禁された者に弁護人に依頼する権利を保障している。右の弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。
刑訴法三九条一項が、「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があった後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。」として、被疑者と弁護人等の接見等の交通権を規定しているのは、憲法三四条の右の趣旨にのっとり、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり、その意味で、刑訴法の右規定は、憲法の保障に由来するものであるということができる(前掲最大判平成一一年三月二四日参照)。このように、右の接見等の交通権は、被拘禁者が勾留されていることを前提とした上での権利保障であり、弁護人の側からは、その固有権の中でも極めて重要なものであるということができる。
3 しかし、このような接見交通権も、被拘禁者が収容施設内に拘禁されていることを前提とする以上、収容施設内の物的条件等による事実上の制約又は調整があり得ることは不可避であって、このような制約又は調整が、被拘禁者が弁護人から援助を受ける機会をもつことを保障する趣旨を実質的に損なうことにならない限りにおいて、憲法も刑訴法もこれを予定しているものというべきである。
4 被拘禁者と弁護人との間の信書の授受も、右の接見等の交通権の一内容であることは明らかであり、これは、憲法の保障に由来するものというべきである。
本件各法令は、確かに、その文言上は、かなり緩やかな要件の下で制限を可能としているようにもみられるが、弁護人との間の信書の授受については、刑訴法三九条との関係で、後記二で判示するとおりに解するのが相当であり、それを前提とすると、結局、その内容は、被拘禁者が弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨を実質的に損なうことにはならないと考えられる。したがって、本件各法令の規定は憲法三四条前段に反しない。
5 本件各法令に基づく信書の開披及びその内容の確認は、絶対的保障であると解される憲法二一条二項にいう検閲にも該当しないというべきである(前掲最大判昭和五八年六月二二日、前掲最一小判平成六年一〇月二七日参照)。また、本件各法令は、憲法二一条のその余の部分にも違反しない。なぜなら、憲法三四条前段は、前判示のとおり、被拘禁者であることを前提として弁護人を依頼する権利を保障したものであるのに対し、憲法二一条は、そのような前提はない。被拘禁者と弁護人以外の者との間の信書の授受のような弁護人を依頼する権利以外の関係においては、すなわち、被拘禁者と弁護人以外の者との間の信書の授受を本件各法令によって制約することは、未決勾留の目的、すなわち、罪証隠滅と逃亡の防止並びに収容施設内の規律及び秩序の維持のための必要かつ合理的な範囲内での制約を受けるものといわざるを得ず、本件各法令は、右の必要かつ合理的な範囲に限定して解釈するのが相当であり、かつ、そう解することも可能であるからである(右各最判参照)。
6 本件各法令が、弁護人を依頼する権利以外の関係で、憲法のその他の条項に違反するとする根拠は見当たらない(前掲最一小判平成六年一〇月二七日参照)。
7 また、B規約についても、その一四条、一七条が、被拘禁者と弁護人との間の信書の授受について、いかなる場合にもその内容を秘密にする権利を保障しているものとまで解することはできず、また、本件各法令は、後記二で判示するとおりに解するのが相当であるから、いずれにしてもB規約の右条項に違反しないものというべきである。
二 争点1のその余について
1 刑訴法三九条一項で定める被拘束者と弁護人とが立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をする権利は、憲法の保障に由来するものであることは前判示のとおりである。
2 また、刑訴法は、被拘禁者と弁護人又は弁護人となろうとする者以外の者との間の接見又は書類若しくは物の授受についての交通権については、三九条とは別個に、その八〇条及び八一条に規定を置き、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当の理由があるときには(なお、この要件自体は刑訴法六〇条一項の勾留の要件でもあるから、勾留の要件よりも罪証隠滅や逃亡のおそれがより高い場合を意味すると考えられる。)、裁判所が、検察官の請求又は職権によりこれらを禁止することができると規定している。このように、憲法二一条二項で保障されている権利も右規定により裁判所の決定による制約を受けることが許容されているところ、この接見等の禁止決定がされた場合であっても、三九条一項に基づく弁護人との間の接見や書類若しくは物の授受についての権利は、なおもその影響を受けないものとされている。
これは、前判示のとおり、右規定が憲法三四条前段の憲法の保障に由来するからであり、弁護人以外の者との通信等が禁止されるほどの事由があっても、むしろ右の禁止がされた場合にこそ、弁護人との間の接見等の交通権を確保することが極めて重要であるとみなしていることによるものと解される(なお、前記の最大判昭和五八年六月二二日も、勾留の目的及び収容施設内の規律及び秩序の維持のために許容される被拘禁者の自由に対する制限は、防御権との関係で制約され得ることを括弧内で説示している。)。
3 そして、刑訴法三九条一項が被拘禁者が弁護人と立会人なくして接見することができるとしているのは、弁護人から有効かつ適切な援助を受ける機会をもつためには、被拘禁者とその弁護人との間において、相互に十分な意思の疎通と情報提供や法的助言等が何らの干渉なくされることが必要不可欠であり、特に、その意思の伝達や情報提供のやりとりの内容が捜査機関、訴追機関、更には収容施設側に知られないことが重要であるので、この点を明文で規定したものと考えられる。なぜなら、接見の機会が保障されても、その内容が右の機関等に知られることになるというのでは、被拘禁者の側からは、その防御権、すなわち有効適切な弁護活動を弁護人にしてもらうことが期待できず、弁護人の側からは、その弁護権、すなわち有効適切な弁護活動を行うことができないことも十分予想されるからである。
したがって、右の「立会人なくして接見し」とは、接見の内容を右の各機関等が窺い知ることができない状態で接見する権利、すなわち接見についての秘密交通権を保障することを意味するもので、例えば、収容施設側の立会人がいなくても収容施設側が接見の内容を録音するというのでは、右規定に反することになるというべきである。接見についての秘密交通権がこのようなものである以上、被拘禁者とその弁護人との間の接見において、仮に訴追機関や収容施設側が重大な関心をもつと考えられる被拘禁者側からの罪証隠滅の希望や示唆、更には被拘禁者の心情の著しい変化等の内容にわたる可能性があったとしても、それを理由に右の接見についての秘密交通権自体を否定することは法的にはできないというべきである。同条二項にいう「必要な措置」の中には接見による秘密交通権自体を否定することまでは含まれないと解される。
このような接見についての秘密交通権は、それ自体が憲法の規定によって直接に具体的な内容として保障されたものであるとまではいえないが、前判示のとおり、憲法で保障された弁護人を依頼する権利の保障に由来する極めて重要なものであることは明らかである。
4 ところで、刑訴法三九条一項は、右のとおり、接見についての秘密交通権を「立会人なくして」という明文をもって保障しているが、被拘禁者と弁護人との間の書類若しくは物の授受については、右の明文はなく、単に「又は書類若しくは物の授受をすることができる」と規定するだけである。同項の文言上、同項を立会人なくして書類若しくは物の授受をすることができると読むことはできない。ただし、これは、秘密性の確保の観点からは、書類や物の授受については、被拘禁者と弁護人が口頭で意思の疎通をする場合とは異なり、例えば糧食の授受のように物によっては秘密にされるべき伝達される意思及び情報が問題とならない場合も多く、また、物の量、大きさ及び物の状態等の物的な状態も様々な場合が考えられ、接見の場合の「立会人なくして」の文言のように、弁護人との間の意思及び情報の伝達についての秘密性を定型的に保障する文言を置くことが困難であったことによるものとも考えられる。
そうすると、右の1、2で説示したところ、特に接見における秘密交通権の保障が憲法に由来する重要なものであることを考慮すると、書類若しくは物の授受の場合においても、被拘禁者と弁護人との間の意思及び情報の伝達が問題になる場面においては、同項は、秘密交通権の一態様として、その秘密保護のためのできる限りの配慮を要求しているものと解するのが相当であり、刑訴法三九条一項の解釈としても、単に書類若しくは物の授受に該当するとの一事で常に一律に捜査機関、訴追機関及び収容施設に対する同項による秘密の保護が及ばないと解することはできないというべきである。
5 刑訴法三九条一項の趣旨を以上のように解すると、書類の授受の中でも、少なくとも被拘禁者と弁護人との間の信書の授受については、他の書類の授受や物の授受とは別個の考慮が必要であるというべきである。かような信書の授受は、正に弁護人と被拘禁者の意思及び情報の伝達が問題になる場面であり、信書の授受による意思及び情報の伝達も、被拘禁者の防御権及び弁護人の弁護権にとって重要なものであり、それらが捜査機関、訴追機関及び収容施設側に対して秘密性が保障される必要性は接見における口頭の場合と実質的にはさほど異なるところはないと考えられるからである(因みに、旧刑訴法四五条は、被告人については接見及び信書の往復を禁止することはできない旨を規定し、信書の授受と接見とを同様に扱っていた。)。
このようにみてくると、被拘禁者と弁護人との間の信書の授受についても、刑訴法三九条一項は、できる限り接見に準じ、その内容についての秘密保護を要請しているというべきである。特に、弁護人が時間的あるいは場所的な要因で接見が困難な場合には、信書による意思及び情報の伝達が実質的には接見に代替する機能を営むことも考えられる。そして、かような観点を徹底するならば、被拘禁者と弁護人との間の信書(以下においては、専ら封緘された信書を念頭に置く。)は収容施設においても一切開封することなく常に封緘したままでその授受を認める扱いを要請することになる。
しかしながら、接見による口頭での意思及び情報の伝達と信書の授受によるそれらの伝達とを比較すると、収容施設側の事情も相当に異なる点があることもまた否定できない。すなわち、接見による口頭での意思及び情報の伝達の場合には、収容施設側においては、施設内の接見室の設備等による主として物的な条件を整えることにより、施設内の規律及び秩序維持等の目的を達しながら右の接見についての秘密交通権を確保することが可能である。これに対して、信書の授受の場合には、収容施設側において封緘された信書の中に信書以外の物又は書類が混入されていないか、第三者宛の信書又は第三者からの信書が混入されていないか、更には間違いなく弁護人からの信書なのかどうかを確認する必要があるといわなければならない。また、弁護人との間であるから極めて例外的な事態であるとは考えられるが、危険物や禁制品が混入されていないかどうかも確認する必要がある。ところが、信書が封緘されたままでは収容施設側でこれらの点を確認することは、器械等の物的な条件を備えることによっても極めて困難であるといわざるを得ない。このように、封緘したまま信書の授受を認めるには、そのための前提条件、すなわち、何らかの手続的な措置(例えば、発信者や宛先を手続上予め明確にする措置や特別の封筒を使用することなどが考えられる。)が少なくとも法令の規定によってとられることがどうしても必要となるといわなければならない。
かような点を考慮すると、一切開封することなく封緘されたままで弁護人との信書の授受を認めるには、法令の規定で右の点をも考慮したそのための手続的措置を設ける必要があるといわざるを得ないのであって、そのような明文の規定が見当たらない現行法の下では、刑訴法三九条一項は、弁護人との間の信書については開披しないままその授受を認める扱いまでを要求しているものと解することはできない。そして、混入物の存否や実際に弁護人との間の信書であるか否か等の確認を許容する以上、その目的の限度で信書を開披し、その内容を収容施設側が閲読することも、許容されているといわざるを得ないというべきである。このように、弁護人からの信書を開披し、あるいは弁護人宛に発信予定の信書を未封緘のまま受領し、その内容を施設側が右の限度で閲読することまでは、同項もこれを許容しているものというべきである。
このように解すると、被拘禁者及び弁護人としては、接見の場合と異なり、信書の授受については、完全な意味で秘密交通権が保障されているとはいえず、収容施設側に内容を閲読されることを予想しなければならなくなるが、弁護人が収容施設に赴いてする接見については秘密交通権が保障されていることを前提とすると、信書の授受についてのこのような制約は、やむを得ないものというべきである。右の制約はすべて違憲・違法であるとする原告らの主張は採用できない。
しかし、前判示のとおり、信書の内容をできる限り捜査機関、訴追機関及び収容施設側に秘密にすることを保障するのが刑訴法三九条一項の趣旨であることからすると、収容施設における信書の内容の閲読は、あくまで右の限度で認められるもので、それ以上の内容の精査は許されないというべきである。更に、右の信書の内容を収容施設において記録化することまで同項が許容しているとは考えられない。なぜなら、信書の開披等をしてその内容を閲読して弁護人宛のものあるいは弁護人からのものであることが判明した以上、前記の秘密保護の要請から、それ以上に信書の内容に収容施設側が立ち入ってはならないと解すべきであるからである。
6 ところで、被拘禁者の信書の授受については、刑訴法とは別個に、監獄法が規定しており、その四六条一項では信書の発受は許可制とされており、四九条において、被拘禁者に交付した信書は本人が閲読した後にこれを収容施設側で領置するとされ、五〇条において、信書の検閲その他接見及び信書に関する制限は命令でこれを定めるとされている。そして、監獄法施行規則一三〇条は、被拘禁者の発受する信書は所長がこれを検閲するものとし、発信は封緘をせずに所長に提出させ、受信は所長が封織を開披して検印して押捺するものとされている。また、同規則一三七条は、信書の発送、交付及び廃棄の年月日を、一三九条は、信書の検閲の際処遇上その他参考となるべき事項を発見したときはその要旨を、いずれも、被拘禁者の身分帳簿に記載して記録化することとされている。
このような監獄法及び監獄法施行規則の各規定は、その文言上は、刑訴法八一条の決定がない場合であっても収容施設の所長の判断で信書の授受を不許可にできることとしたものであるだけでなく、弁護人との間の信書の授受とそれ以外の者との信書の授受についても何らの区別を設けておらず、一律に右の各規定によるものとしている。そうすると、少なくとも右各規定の文言どおりの意味は、弁護人との間の信書の授受についてその三九条で別に規定する刑訴法の内容とは相当に異なるものといわざるを得ず、憲法が規定する弁護人を依頼する権利に対する配慮が窺えない不備なものといわざるを得ない。したがって、監獄法及び監獄法施行規則の右各規定と刑訴法の右各規定とを整合性を有するように解釈する必要があることは明らかである。そして、刑訴法三九条一項の趣旨が右1、2にみたとおりであり、同項の内容が憲法で保障された弁護人を依頼する権利に由来するものであるのに対し、監獄法や監獄法施行規則の前記規定が弁護人を依頼する権利についての憲法の規定に対する配慮がないことに照らすと、法解釈としては、監獄法及び監獄法施行規則の規定を、少なくとも弁護人との間の信書に関する限り、刑訴法の各規定、特に三九条一項についての右5で説示した内容に整合するように解釈すべきである。
そうすると、弁護人との間の信書の授受については、監獄法及び監獄法施行規則を次のように解すべきである。まず、同法四六条一項の解釈としては、信書の授受自体の不許可、すなわち禁止はできないものと解すべきである(被拘禁者と弁護人との間の信書の一部を削除して授受を認めた措置が国家賠償法上違法であるとされた例として東京地判平成三年三月二九日・判例時報一三九九号九八頁がある。)。また、同規則一三〇条に基づいて発信の信書は封緘をせずに所長に差し出させ、受信の信書はこれを開披し、いずれもその内容を閲読することまでは許されるが、それは、あくまで、前判示のとおり、信書以外の物や第三者の信書又は第三者宛の信書が含まれていないかどうか、更には弁護人からの信書かどうかを確認する限度で行われるべきもので、それ以上に、その内容を精査することは許されないというべきである。そして、同規則一三九条については、弁護人との間の接見の場合と同様に(この場合には接見の内容の要旨が記載されることはあり得ない。)、その内容の要旨を記載することは、後記7の極めて例外的な場合を除いては同条からは除かれており、それを記載することは、「処遇上其他参考ト為ル可キ事項」としても、禁止されていると解すべきである。
7 ただし、弁護士である弁護人との間の信書については例外的な事態でしかあり得ないと考えられるが(弁護士法一条、二条参照)、収容施設において、右の限度で信書の開披等によりその内容の確認がされた際に、信書の内容から逃亡・罪証隠滅あるいは収容施設側の管理上重大な支障を現実に生じさせる差し迫った危険が判明した場合、又は封書の中に危険物や禁制品が混入されていた場合には、刑訴法二三九条二項の告発義務又は施設の管理義務の観点からも、施設内においてそれを問題にして、検察官への通知その他の対処をすべきもので、その際にその旨を何らかの文書に記録化することは、許されるものというべきである。かような場合には、勾留の裁判の執行指揮をする権限を有する検察官と、その指揮を実行する任に当たる施設の長との間では国家公務員法の秘密を守る義務の規定の適用はないと解される。その場合に、検察官がその事実を知るところになったとしても、かような事実を検察官が知ることは、当事者主義や武器平等の原則に反することにもならないと考えられる。
本件各法令をこのように解する限り、それは、刑訴法三九条二項の必要な措置を規定した法令というべきであり、また、このように解すると、被拘束者と弁護人との間の信書の内容が、処遇上その他参考となるべき事項として身分帳簿に記載されることは通常の場合にはなくなると考えられる。
8 以上のような判断の下に、前記第二の一で認定された大阪拘置所内における本件信書の扱いについて検討すると、次のようにいうことができる。
(1) 本件信書について、発信の信書は封緘をせずに被告人両名から所長に差し出させ、原告らからの受信の信書はこれを開披したこと自体は、違憲でも違法でもなく、適法であるといわざるを得ない。また、書信係の担当者がいずれもその内容を閲読した点については、本件証拠からも前記の内容確認の限度を超えていたことの立証はないといわざるを得ない。
(2) しかし、大阪拘置所長が、同拘置所内において弁護人との間の信書の授受とそれ以外の者との間の信書の授受について、その取扱において刑訴法の趣旨に沿った明確な区別を設けず、書信係の担当者をして、原告らとの間の本件信書についてまで、すべて、その内容の要旨を被告人両名の身分帳簿の中の書信表に記載してこれを記録化させたのは、確かに、その内容は別紙1、2の各「書信表」欄のとおりで、断片的な短いものにすぎないけれども、刑訴法三九条一項並びに前記6、7のとおりに解釈すべき監獄法及び監獄法施行規則に違反して違法であるというべきである。ただし、違憲とまではいえない。
なお、前記の認定事実によれば、本件信書について視察表が記載されたことはなかったことから、その内容の中に犯罪の嫌疑や施設管理上重大な事由もなかったものと推認される。
三 争点2ないし4について
1 前記の認定事実によれば、そもそも本件信書の内容を前記のとおり書信表に記載したこと自体が違法であるが、大阪拘置所長が本件信書の内容も含めて本件回答をしたこともまた違法といわざるを得ない。
また、A検察官は、大阪拘置所においては本件信書の内容の要旨まで書信表に記載される扱いであったことを知っていたもので、このような違法な資料を使用すべきではなかったのに、大阪拘置所長に対し、本件信書を除外せずに本件照会をし、更に右照会によって得た本件信書の要旨の記載を被告両名についての刑訴法八一条の接見禁止の請求及び検面調書の取調請求の資料として裁判所に提出して使用したもので、右各行為は、それにより被告人両名の防御権、ひいては原告らの弁護権を侵害することになる国家賠償法上違法な行為であるといわざるを得ない。この判断に反する被告の主張はいずれも採用できない。
2 次に、大阪拘置所長及びA検察官に過失があったかどうかについて検討する。
(一) 証拠(甲A一五ないし一七及び二八の一、二、甲Aの二九、乙四、一一、証人林由一、同B、同Aの各証言)及び弁論の全趣旨によれば、(1)当時、監獄法施行規則の文言上は、その一三九条において、弁護人との間の信書も含めてすべての信書について処遇上その他参考となるべき事項を書信表に記載して記録化するものとされており、右の規定は、長きにわたって施行されてきたものであって、しかも、拘置所等の収容施設内の実際の取扱もそのように扱うのが一般的であったこと、(2)特にその点について本件において問題にされるまで訴訟においてとりたてて問題とされたこともなかったこと、(3)ただし、昭和六一年に本件と同様の照会及び回答について京都弁護士会に対して人権侵犯の申立てがされ、同弁護士会は、京都拘置所長に対して、信書の秘密に関する人権を不当に侵害するものであるから速やかに関係機関と協議して運用を改善するよう勧告し、これに対して、京都拘置所長は、指摘を理解し、全国的な問題であるので法務省と相談し、善処する旨の回答をしていたこと、(4)昭和三六年法務省矯正甲第九一〇号法務省矯正局長通達は、刑訴法一九七条二項に基づく照会について、一般的に回答すべき義務があるとし、例外的に、照会事項について回答することが、施設の管理運営に著しい支障を生じ、又は不当に関係人の人権若しくは名誉を侵害するおそれがある等の理由により、相当でないと認められるときは、回答の限りでないものとしており、信書の発受状況についても右通達に従って回答がされていたところ、右通達には、捜査の必要性との比較衡量や弁護権に対する配慮については特段の指摘がされていないこと、(5)A検察官は、平成五年に検察官に任官したが、被拘禁者の信書の発受状況について拘置所長に照会を行うことができる旨、先輩検察官から指導を受け、本件照会以前にも、名古屋地方検察庁公判部に勤務していた平成五年九月一日から平成六年四月一日までの間に三回程度、大阪地方検察庁公判部に勤務していた平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日までの間に四、五回程度、本件同様、刑訴法一九七条二項に基づいて、被告人の信書の発受状況について照会したことがあったが、いずれも弁護人との間で発受された信書について除外することなく照会し、回答書を保釈請求に対する意見書に添付するなどの形で利用したことがあったこと(なお、名古屋地方検察庁において行った照会に対する回答においては、弁護人との間で発受された信書の発受状況は記載されていなかった。)、(6)原告らが知り得ただけでも、平成九年一一月から平成一〇年二月にかけて、大阪地方検察庁に所属するA検察官以外の複数の検察官が大阪拘置所長に対して本件と同様の照会を行い、丙山拘置所長が弁護人との信書の発受状況を含めて回答をした事例が三例あり、平成一〇年七月に、京都地方検察庁に所属する検察官が京都拘置所長と大阪拘置所長に対して信書の発受状況を各一回照会し、いずれについても弁護人との信書の発受状況を含めた回答がされたこと、以上の事実が認められる。
(二) 右の認定事実によれば、本件回答をすることが違法であることを法律の専門家以外の者が知ってそれに応じた処理をすることは極めて困難な状況にあったといわざるを得ない。したがって、法的な専門家ではない拘置所長には、過失は認められないというべきであり(最三小判平成三年七月九日・民集四五巻六号一〇四九頁参照)、他に右過失を認めるに足りる証拠はない。しかし、A検察官は、法律の専門家として、自らの前記各行為についての違法を認識すべきであったといわざるを得ず、過失責任は免れないというべきである。
3 原告らは、被告人両名と本件信書を授受することによって本件刑事事件の防御の打ち合わせをしていたもので、しかも、相当頻繁にこれを行い、これによって本件刑事事件における被告人両名の弁護に努めていたものである。ところが、原告らは、A検察官の本件照会と本件利用によって、自らが弁護している被拘禁者との間で発受した本件信書の発受状況及びその要旨が検察官の知るところとなり、裁判所にまで提出されたことにより、大きな精神的衝撃を受けたことは十分に首肯できる。
これらの点を勘案すると原告らの被った精神的損害を慰謝するに足る額は各一〇〇万円をもって相当とする。
四 結論
以上のとおりであるから、原告らの本件請求は、各一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成一一年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。なお、仮執行宣言は付さないこととする。
(裁判官・青木亮 裁判長裁判官・八木良一、裁判官・谷口哲也は転補のため署名押印できない。裁判官・青木亮)
別紙
別表1 原告高見と甲野被告人との間の信書
年月日
発受の
別(*)
書信表
本件回答書
平成9年9月9日
受
Dさんの手の手紙同封しましたので読んでください
Dさん本当に申し訳のない事して済みません.同封
Dさんには本当に申し訳ないことをしました。
平成9年9月11日
受
1日でも早く家族の所へ帰れる様にして下さい
次書くときはDさんに対る反省文も同封させて頂きます
1日でも早く家族の所に帰れるようにしてください。
平成9年9月11日
発
来週接見行きます ・観護措置取消決定申請書(H.9.8/29)
・上申書(H9.9/8)
来週接見に行きます。
平成9年9月12日
受
Dさんに対し悪いと言う気持でいっぱいです
Dさんに対し悪いという気持ちでいっぱいです。
平成9年9月18日
受
・被害弁償も考えています。
・働いて毎月少しずつでも払っ行こうと思っていますお許し下さい 同封.
働いて毎月少しずつでも支払っていこうと思っています。
平成9年9月29日
受
よろしくお願します
よろしくお願いします。
平成9年10月1日
受
反省しています、Dさんの手紙同封します
・お体の回復心から祈っております 同封(2枚)
お体の回復,心から祈っております。
平成9年10月6日
受
裁判よろしくお願いします.
裁判,よろしくお願いします。
平成9年10月9日
受
ひったくりする前の事を書きました.
ひったくりする前の事を書きました。
平成9年10月13日
受
僕は元気です。事件の事書いていく。乙川は運転席に座わっていた。
僕は元気です。乙川は運転席に座っていた。
平成9年10月15日
受
よろしくお願します
よろしくお願いします。
平成9年10月20日
受
事件のこと流れをかきます
事件の流れを書きます。
平成9年10月21日
受
・Dさんの手紙よろしくお願いします
・お体の回復心から祈っています、本当に済みませんでした 同封2枚
Dさんの手紙よろしくお願いします。
平成9年10月27日
受
もう絶対に誰も裏切らずにしっかりと生きてゆきます.
もう絶対に誰も裏切らずしっかりと生きていきます。
平成9年10月28日
受
今日の才判ありがとうございました
今日の裁判ありがとうございました。
平成9年11月4日
受
才判でははっきりとさせて下さい よろしくお願します
裁判でははっきりとさせてください。
平成9年11月6日
受
反省を深めております
反省を深めております。
平成9年11月10日
受
乙川の調書の事で違う所があるので書きます
乙川の調書の事で違う所があるので書きます。
平成9年11月18日
受
反省し今後の事考えています
Dあての同封 お身体の回復祈っています. 同封
反省し今後の事を考えています。
平成9年11月19日
受
自分の調書で言い間違っていた所を書きます。
自分の調書で言い間違えていた所を書きます。
平成9年11月20日
受
僕の調書の言い違いの所について書いていきます
僕の調書で言い間違えていた所を書きます。
平成9年11月22日
発
被害者への手紙今日送っておきます。
被害者への手紙今日送っておきます。
平成9年11月25日
受
調書で違っていた所書きます よろしくお願します
調書で違っていた所書きます。よろしくお願いします。
平成9年12月8日
受
後悔の日々を送っています
後悔の日々を送っています。
平成9年12月11日
発
送付します ・証拠目録請求番号No25~33
・ 〃 No.53~55 ・ 〃 No.57~61
(記載なし)
平成9年12月16日
発
・冒頭陳述書 検察官請求証拠に対する意見書送付します.
検察官請求証拠に対する意見書送付します
平成9年12月22日
受
日々反省してます.
日々反省しております。
平成9年12月24日
発
保釈請求書1部
保釈請求書1部
平成10年1月5日
受
才判よろしくお願します
裁判よろしくお願いします。
* 原告高見を基準に発受を記載
別紙
別表2 原告岡本と乙山被告人との間の信書
年月日
発受の
別(*)
書信表
本件回答書
平成9年9月19日
受
面会来て下さい
面会来てください。
平成9年10月3日
受
ごめん 被害者あての手紙を入れます.
被害者あての手紙入れます。
平成9年10月24日
受
被害者宛の文を同封します.
被害者の方に変化があれば連絡下さい
「毎日反省しています」謝罪文2枚
毎日反省しています。
被害者の方に変化(以下不明)
平成9年11月12日
受
先日.先生あてに被害者への手紙を出しましたか
連絡ないので気になってます
先日先生に被害者への手紙を送りましたが,
連絡がないので気になっています。
平成9年11月17日
発
調書はよく読んで検討しておいて下さい
供述調書1部(写)
調書はよく読んで検討しておいてください。
* 原告岡本を基準に発受を記載